「副社長…こんな事してて、いいんでしょうか?」
「ああ?気になるんだろう?」
「それはそうですけど…」
「あっちは気づいてねぇんだから、問題ねぇよ」
サングラスをかけ直しながら土方が、
ニヤリと笑う。
かえって目立ってるような気がするんだけど…。
彼女は、首を傾げながら、まじまじと土方を見た。
ただでさえ長身で端正な顔立ちなのだ。
サングラスで顔を隠しても、
持ってる雰囲気は隠しきれないというか…。
道行く女性が土方とすれ違うたびに、
社内同様、振り返ってくるので、
そうなると必然的に注目を集めてしまう。
――昨夜、彼女が話し終えると、
「ふうん。
で、その結城って女が、
あんたの上司と会っても平気か?」
土方が、すぐに聞いてきた。
「………一日…だけですから」
「嘘が下手だって、さっきから言ってるぜ。
そのたったの一日でも、斎藤が情にほだされる可能性だって、
あるかもしれねぇ」
さっ、と青ざめた彼女を
土方は、どこか面白げに見ている。
夜景に目を移して、彼女は溜息を吐いた。
「…断るべきだったんでしょうね…」
「さあな。だが、今更言っても仕方ねぇだろ?」
それはそうだけど…
「副社長って…意地悪だったんですね」
思わず彼女が呟けば、
「あぁ?心外だな。
俺は、どこかの非情な上司と違って優しい男だぜ。
そうだな、とりあえず――」
言った後、
唖然とした表情になった彼女に向かって土方は
どうだ?と口端を上げた。
一日中、二人の後をつけまわす事だったなんて…
しかも副社長と…
多忙な人なのに、こんな事してて大丈夫なのかしら?
念のため土方に、そう言ってみたのだが、
「こんな面白いコト、見逃す訳にはいかねぇだろ?
あの野郎の弱みを握れるかもしれねぇんだぜ」
そんな答えが返ってきただけである。
そうして斎藤と結城の待ち合わせ場所から、
二人の行く先々を今まで土方と後をつけてきた彼女だったが、
「ふん、食事して、映画見て、喫茶店…ねぇ。
一般的すぎるな…」
観葉植物で隠れるテーブルに
彼女と一緒に座った土方は
窓際に座っている斎藤と結城の姿を
つまらなそうに肘をつき見ている。
「締めは、やっぱりホテルか…?」
飲みかけたコーヒーに咳きこむ彼女を見て、
土方は、
おいおい、大丈夫か?と、
わざとらしく、からかった。
もう、不安になるような事を言わないでください、と
言葉に出さない変わりに、土方を一睨みして、
窓際にいる斎藤と結城を見る。
気になって、
視線は吸い寄せられるように、
ついつい二人の方へ行ってしまうのだ。
「斎藤部長、さっきから何か気になってるご様子ですが、
どうかなさいました?」
不思議そうに結城が尋ねた。
「いや…」
それだけ言って、
斎藤は注文したコーヒーを口元に運ぶ。
「あの…今日は一日おつきあいくださり、
本当に嬉しかったです」
思い出になりました、と深々と頭を下げる結城。
「気は済んだか?」
冷たい口調で目を伏せながら、斎藤は言った。
「はい、我が儘言って、ご迷惑をおかけして、すいませんでした。
部長の秘書さんには…」
彼女の名前が出ると視線を上げ、結城を見る。
「本当に感謝しているんです。
今日の事は…無理を言って申し訳なく思っています。
あの人のお陰で、良い思い出が出来ました」
人が良すぎるんだ、あいつは…
眉を寄せて見ていた斎藤は、
分からんな、と呟いた。
「俺とは社内で顔を合わせた事はあっても、
実際、話したのは今日が初めてだ。
かといって、一日いてもロクに会話をした覚えもない。
さぞ幻滅しただろう?」
そんな滅相もありませんっ!!と結城は思わず大声で、
強く否定する。
近くのテーブルに座っていた男女が、
驚いて結城の方を見るほどだった。
すいません…と赤くなりながら小声で謝り、
「部長は…好きな人…いらっしゃるんですか?」
無言のままでいる斎藤の答えを、
肯定と受け取ったらしい。
羨ましいです、その人…と結城は言った。
斎藤は目を伏せていたが、溜息をひとつ吐くと、
正面から結城を見る。
「月並みな言い方しか出来んし、
皮肉に取られるかもしれんが…どんな状況でも頑張る事だ」
一瞬、結城は泣きそうな表情を見せたが、
ありがとうございました、と微笑った。
二人を見ながら、彼女の口から思いがけず
言葉が漏れていた。
「私…ひどい事を言ってしまいました」
「何て言ってやったんだ?」
顔を傾け、煙草の火を点しながら土方は尋ねる。
「部長みたいに冷静で非情で…」
どんな事でも怖れないような人とも――
「そりゃあ、いい。その通りじゃねぇか」
項垂れる彼女を見ていた土方だったが、
「仕事してるとな――」
彼女が顔を上げると、
隣の椅子に肘を載せ、横顔を向けたまま、
独り言のように土方は話し始めた。
「相手の事なんざ、お構いなしで無理にでも押し通さなくては
ならねぇ時も出て来る。
それを繰り返してくうちに、非情だの、人でなしだの言われて、
いつの間にやら、こっちも慣れて、その通りになっていた、」
――そんな話さ、
彼女には理解しがたい
不可思議な笑みが土方の口元に浮かんだ。
「…今日の事だって、
あんたの頼みじゃなかったら、まるまる一日費やしてまで
女に、つきあってやるなんて事、あいつはしなかっただろうぜ。
そういうコトには特に頑固だからな」
「え?」
「ああ、動いたようだ」
土方の言葉に引っかかるものを感じたが、
彼女も慌てて、二人を見た。
一緒に店を出るのかと思いきや、
結城一人だけが立ち上がり、斎藤に頭を下げて、
店を出て行ったのである。
どうしたんだろう?
斎藤は、しばらく窓辺の席に座っていたが、
ふう、と溜息をこぼして、
立ち上がると、
あろうことか、彼女と土方の席へと向かって来た。
「ふ、副社長…」
どうしましょう?と彼女が戸惑っていると、
すでに土方は席から立ち上っていて、
「じゃあな」
一声だけ掛けるとテーブルから離れて行く。
思いも寄らない土方の態度に、
残された彼女は呆然と座っていた。
斎藤と、すれちがいざま、
土方は尋ねる。
「いつから気づいていた?」
「そんな事より、
一日中、あいつと一緒だと思うと気が気じゃ
ありませんでしたよ」
「そりゃ、お互い様だろうよ」
土方は掛けていたサングラスを外すと、
彼女の方を示す。
肩越しに土方が去って行くのを見送った後、
席に小さくなって座っている彼女を斎藤は見た。
「…つけまわすような真似をして、すいませんでした」
喫茶店から自分の住んでいる部屋へと送られて来た彼女は、
ベッドに座り、謝罪の言葉を口にした。
壁に寄り掛かり、腕組みしていた斎藤は、
「――冷静で、非情で…」
青ざめてゆく彼女の反応を見ながら、斎藤は低い声で呟く。
「どんな事でも怖れない人には分からない…
そう言ってたな?」
「部長…」
「そんな風に見えるか?」
壁から背を離し、斎藤は彼女の前に立つ。
俯きがちに、彼女は口を開いた。
「私…結城さんと一緒にいる部長を見ていて、
辛かったです。
結城さんに協力してあげたかった…。
それは本当です」
「結城は、随分とお前に感謝していたぞ」
皮肉っぽい口調で斎藤が言うと、
彼女は顔を上げ、
私は、そんな感謝される人間じゃないんです、
と首を振る。
「部長が女性と一緒にいるのを見ている事は…、やっぱり辛くて…。
今更、何を言っているんだ、と思われるでしょうけど」
「頼んできたのが他の人間だったら、
好きでもない女に、
一日つきあうなんて面倒な真似など、しない」
訝しげな表情で、斎藤を見つめる彼女。
「き、昨日は『気が変わった』と仰ったじゃないですか!!」
「あんな頼み事をしてくるんだ。
文句のひとつも言いたくなると思うが?」
「……………」
「一人で後をつけてくるならまだしも、
副社長と一緒にいたというのが、ますます面白くない」
彼女は斎藤に問うた。
「あなたにも怖れる事が…あるんですか?」
「ある、と言ったら?」
更に問いかけようとする彼女の口から
言葉が出るより前に、再び斎藤は話し始めた。
「そいつは…仕事は、いつもどこか抜けてるし、
性格は、どうしようもない程のお人好しで、
情にもろい泣き虫だ。
この俺を他の女に、つきあわせたクセに、
一日追いかけまわしている阿呆な秘書だが…」
また、からかっているんだ!!
何も、こんな時まで…
思わず泣き出しそうになりながら、
立ち上がりかけた彼女の背を斎藤は抱き寄せる。
「誰よりも失いたくない。それは確信している」
いつの間にか瞳から溢れ、こぼれ落ちていた涙を拭われて、
頬を包みこんだ大きな両手の感触に彼女は安堵する。
「更に言うなら、嘘が下手で隠し事が出来ん性分だ。
そこまでいけば、もう体質だな…。
そんな奴をほおっておける訳ないだろうが」
「それは副社長にも言われました」
ほんの仕返しにと、
彼女は言ってみたのだが、
意外にも効果はあったらしい。
「副社長だと?」
身を屈めた斎藤に、すかさず唇を塞がれ、
ようやく離れると、間近にある琥珀に向かって、
弱々しく微笑んだ。
「…ったく、これだから。ますます目が離せん」
上司の胸元に頭を寄せ、高鳴った胸を静めようと
彼女は大きく吐息を吐く。
「それじゃあ部長は、お役に立てない秘書を
ずっと目の届くところに置いておかなくては、
いけませんよ?」
さらに彼女を抱き寄せて、斎藤は答える。
「フン、言われるまでもなく、そうするつもりだ」
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あとがき
長すぎる程、期間が空いてしまいました御礼駄文です。
御礼駄文も、おかげさまで10000HITまで、
書くことができました。
1000HITから始まった御礼駄文でしたが、
最初から読み返してみると、
色気ねぇな〜、語彙もねぇな〜と頭を抱えてしまいます。
ネタも枯渇しちゃってますしね。
やっぱり土方さんは出してしまいました^^;
こんな御礼駄文ですが、
読んでくださった方、どうもありがとうございました^^