「ふざけんじゃねぇ!!」

その怒声に、一瞬で彼女はドアの前で固まってしまった。

開きかけたドアの隙間から、漏れてきた声の主は、
鬼の副社長と呼ばれる土方のものである。

「こっちは、一時の時間も無駄に出来ねぇくらい大忙しで、
そんなコトやってるヒマは、ねぇんだよっ!!
分かってんのか、あぁっ?
って、何で今回はお前が電話掛けて来てんだ?
…オイ、総司っ!?」

副社長室で社員が直接、怒鳴られているのではなく、
その相手というのは、どうやら電話の向こう側にいるようだ。

畜生っ、切りやがった、と舌打ちした直後、
受話器を叩きつける音が聞こえた。
そうっと覗いてみると、
土方は眉間に皺を寄せたまま、顎に手を当て、
考え込んでいる。
ただ事ではない様子であった。

すごい不機嫌そう…
出直して来た方が良いかもしれない…

静かに後戻りしようとしたが、
今日履いていたヒールが歩くごとに大層、音が響くものだった為、
一歩踏み出した途端、カツンと鳴ってしまい、
すぐに、ばれた。

「誰だ?」

鋭い土方の声。

「も、申し訳ありません!!
資料をお持ちしたのですが…」

彼女はドアを開き、丁重に頭を下げる。

「…ああ、あんたか」

怒鳴られるかと思っていたが、予想に反して、
土方は気にする風でもなく言った。

「失礼します。…こちらの資料は机の上に置いておきますので」

「ああ…」

これまた気のない返事をした土方は、
再び思案に没頭している様子だ。

仕事の上で、そんなに大変な事でも起こったのだろうか?

「それじゃあ、失礼します」

用事も終わったし、邪魔になりそうなので、
そそくさと一礼し、退室しようとする彼女。

「待てよ――」

考えでも思いついたのか、
はたまた彼女を呼び止めたのか、
徐々に、その端正な顔に笑みが浮かんでゆく。

「いるじゃねぇか、適任者が、よ…」

「は?」

適任者って、どういう意味だろう?

呟くように言った土方が、
目を瞠っている彼女の前に立ち、
彼女の両肩を掴んで、言ったのだった。

「俺と一緒に来てくれ」

そわそわと、車に乗ってからというもの、
どうも彼女は落ち着かない。
自分の上司の斎藤といい、今、隣に座っている副社長といい、
独特の威圧感がある。
そのせいかもしれない。

「あの、副社長…私、まだ仕事が終わっていないんですが」

「総務にも言ってきたし、俺の特命なんだから文句なんざ言わせねぇ」

携帯型のパソコンを見ながら、土方は言った。

「…………」

俯く彼女の考えを見抜いたようである。
土方は彼女を見ると、

「ああ、上司の事か?今日から出張で出てた筈だぜ。
心配いらねぇよ」

「……はい。でも、一体何処に行くんです?
特命事項って、何なんですか?」

「そんなに身構える仕事じゃねぇぜ。
あんたは俺の隣に座って、ただ笑っていればいいだけだ…。
その前に寄り道したい場所もあるんだが…ああ、着いたな」

運転手がドアを開けてくれたので、
どうも…と彼女は頭を下げて、礼を言い、
おずおずと車から降りたのだが…

呉服屋だった。
ショーウィンドウの中に、豪勢な着物が何着も広げられて
展示されている。
店の佇まいからして、かなりの老舗という感じだった。

「土方様、お待ちしておりました」

店の女主人らしき人が、わざわざ店先まで出て来て、
呆然としている彼女の前で立ち止まり、
深々とお辞儀をしてから、やんわりと微笑んだ。

「あの…」

「話してた通りだぜ、よろしく頼む」

「心得ております。さぁさ、お嬢様はこちらへ…」

「え!?あの副社長…これは一体?」

手を取られ店の奥へ連れてゆかれる前に
彼女が振り返って土方を見たが、
当の本人は腕組みをし、にんまりと笑っていた。

それからしばらく後…

豪華な振袖だ…絵羽模様の。
織の帯は檜扇結びで…
つと首を回して、
彼女は背で結ばれた帯をしげしげと見る。

部屋に入るとすぐに、化粧を施され、
彼女が呆然としている間に手早く着物を着せられて、
仕上げに帯も締められ、何が何だか分からないうちに
終わっていた。

金糸で縫いつけられている袂の模様を眺めながら、
溜息を吐いた。
正直に言うと、普段から着られる衣装ではないので、
嬉しい事は嬉しいのだが。

「へぇ…似合うじゃねぇか」

彼女が出て来ると、椅子に座って待っていた土方は、
立ち上がり、感嘆したようだった。

「馬子にも衣装だと仰りたいんじゃないですか?」

「あぁ?そんなコト言う馬鹿には、
馬に蹴られて死んじまえ、って袖にしてやんな」

誰の事を言っているのか、土方はすぐに分かったらしく、
彼女は赤くなってしまった。

「主人の見立ては流石だな、礼を言うぜ」

恐れ入ります、と女主人が頭を下げる。

彼女は外へと促され、またしても車に乗せられて店を後にした。

今度は書類を取り出し、土方は読み始める。
一方、彼女は膝に置いた両手を見つめたまま、
黙っていた。

こんな格好で、一体何処に行くんだろう?

ふと視線を上げ、車窓から見える夕日に
すっかり日が暮れるのが早くなったと、今更ながら思う。

部長…

ふいに上司を思い出し、顔が浮かんだ時――
ぽん、と頭に大きな手が置かれたので、
驚いて視線を移せば、土方が彼女を見ていて、
すまねぇな、と囁くように言った。

「こんな事になって、いろいろと不安になっているんだろうが――
黙って、ついて来てくれねぇか?
理由は後で分かると思う。
どうしても断るって言うなら、ここで引き返すが…」

「でも…もし、そうしたら…副社長が、
お困りになるんじゃないですか?」

「そうだな…困るが、その時は、その時だ」

仕方ないさ、という感じで苦笑し、肩をすくめる。

…思えば、この人には何度か助けられて来たのだ…。
自分に少しでも出来る事があるならば…。

「どうする?遠慮はいらねぇ、
はっきり答えてくれ」

逡巡は、なくなり、相手をまっすぐ見て、彼女は答えた。

「私、このまま一緒に行きます」

土方は、安心したように頷いた。

 

「副社長、時間通りです」

車を駐車場に止め、運転手が声を掛けてきた。

「間に合ったな。
さぁて、居合わせた連中が、どんな顔するか見物だぜ」

…そんなにたくさんの人がいるんだろうか?

車から降りて、土方の後をついて行くと、
最初に門があって、くぐると、今度は大きな日本風の屋敷が見えて来た。

日は、すっかり暮れていて、
ほのかな明かりを灯した石灯籠が、
脇から道を浮かばせている。

料亭だろうか…?

一体、ここで何があるんだろう?

やっぱりどこかしら拭えない不安を抱えながら、
彼女は、そのまま、ついてゆくしかなかった。

 

「いや〜、さっき面白いものが見れましたよ、斎藤部長」

長い手洗いから戻って来た青年は、
静かに酒を飲んでる斎藤の隣へ腰を下ろす。

あいかわらず、強いですよねぇ…酒が…と何本も転がっている銚子を
見て、頭を掻きながら驚いている。

「潰れちゃった人だっているのに…」

周囲には、すでに酔いが回り、大きな鼾を立てて、
寝こんでる者も出て来ている。
それに比べ斎藤は平素のまま、いくら飲んでも変わらないままだ。

仕事も出来るしなぁ…

青年は、日頃から斎藤に尊敬の念を抱いているようで、
尊敬の眼差しを注いでいる。

一方、斎藤にしてみれば、
つきあい酒は、うんざりするが、酒は嫌いではないので、
淡々と飲んでいるだけである。

「面白いものが、どうしたって?」

ああ、そうでした、と青年は思い出し、話し始めた。

「さっき手洗いに行って戻って来る途中で、
ここから少し離れた部屋で一悶着ありましてね。
偶然、外から中の様子が見えたんですけど、どうやら見合いの席だったようで…」

「それのどこが面白いんだ?」

興味なさそうに銚子を取り上げ、手酌をする。

「まぁ、ここからなんですよ、斎藤部長。
見合いの相手を待たせていた訳なんですが、
やって来た男性は部屋に入って来るとすぐに、
連れて来た女性を自分の恋人だ、と宣言しちゃって、
そりゃあ、もう大混乱です。
待たせていた相手の女性は怒って帰っちゃうし、
部屋で一緒に待っていたおばあさんは、
『ぼっちゃま、どういう事ですか!?』と喚いて問いただしている中、
もう一人の大学生っぽい若者は、腹を抱えて大笑いしているし…。
連れて来た女性は、ぺたりと、その場に座り込んじゃいました」

くだらん…

斎藤は、つまらなそうに聞いていて、
すぐに空になってしまった銚子を床に転がした。

見合いをする前に、さっさと断ればいいものを、
そんな大騒ぎまでして…

「ど阿呆だな。女連れでやって来たその男は」

「ぶ、部長っ!?いえ、それが…」

斎藤の発言に顔色が変わって、慌てて周囲を気にし出した青年に
眉間の皺を寄せる。

まずいですよ、と声を潜める青年を、
斎藤は冷ややかな眼差しで一瞥し、

「フン、どこの誰だか知らない赤の他人の事を、ど阿呆と言って
何か支障でもあるのか?」

酒の入っている銚子が、自分の周りにはすでに無い。
ふと目に止まった銚子を手を伸ばして取り、
相変わらずの手酌で斎藤は酒を注ぎ始めた。

「ああ、また言っちゃった!!
知らないなんてもんじゃないんですよ、
うちの会社の…副社長だったんです」

「……何だと?」

では、連れてきた女性というのは――

…嫌な予感がした。

「それにしても着物姿、似合ってたよなぁ…斎藤部長の秘書さん。
…って、部長!?どんどん酒が溢れてるんですけどっ!!」

 

「悪かったな…つきあわせちまってよ」

「…驚きました」

そうだろうな、と、さもおかしそうに土方は笑う。

今は別の部屋へと移されて、
土方は柱に寄り掛かり庭の方を見ている。
その、ほんの後ろに立つ彼女は、少し怒った口調で言った。

「副社長、笑い事ではありません」

「いや、つい、おヨネの顔を思い出してな。
あの慌てた顔といったら、なかったぜ。
総司の方は、最後まで大笑いしてたのが気にいらねぇが…」

「最初から理由を仰ってくだされば…」

「速攻で、断るだろう?言えやしねぇよ」

土方の鋭い読みに、
ぐっ、と詰まって何も言えなくなってしまった彼女。

「ま、当分は見合いの話なんざ持ってこねぇだろう…」

やれやれだ、と心底安心したように、土方は呟いた。

「ちゃんと私の事、説明しておいてくださいね。
副社長の恋人なんかじゃありません、と…」

「つれねぇなぁ…。俺は、本当にそうなっても
一向に構わねぇんだが」

「もう、冗談は止めてください」

「冗談じゃ…ん?ここは庭が良く見える部屋だな…。
じゃあ、その反対もある訳だ」

「え?」

柱から身を起こし、彼女の前に立つ土方。
次の瞬間、
すばやく土方の胸に押しつけられ
抱き寄せられた体勢になり、彼女は瞠目した。

「行ったな…」

「ふ、ふ、副社長っ!!今のは、一体…?」

ようやく離れた土方に彼女は、ほっと力を抜いた。
突然の事に驚いたし、心臓が早くなっている。

「蜂だ…」

「は?」

「でかい蜂が、あんたの頭に止まりそうだったんでな。
思わずこっちに引き寄せた」

「……はぁ」

何だか釈然としない答え方だ。
すでに夜だし、羽音など聞こえなかったし、
さっきから庭の方ばかりに目を向けている土方も気になる。

「それとも、このまま押し倒しちまった方が良かったか?」

「ふっ、副社長!?」

「土方さん、いますか〜?」

勢いよく戸が開いて、一人の若者が、ひょっこりと顔を覗かせた。
沖田総司である。

「総司…。
これからって時に、そんなにタイミング良く邪魔するなっ」

「女性を口説いている場合じゃないでしょう。
おヨネさんが、まだカンカンなんですよ。
私一人じゃ手に余るので迎えに来てやったんです」

「何が迎えに来てやった、だ。
そのくらい、てめぇ一人で何とかしろってんだ!!」

「誰のせいだと思っているんですかねぇ…。
とにかくお呼びです。
はい、はい、さっさと来て下さいよ」

おや、と彼女に気づき沖田は声を掛けてきた。

「初めまして。
私は沖田総司と申します。
あなたが斎藤さんの秘書の方なんですね。
コレが片付いたら、改めて挨拶に来ますから」

にこり、と人なつこい笑顔を見せる。
初めまして、と慌てて彼女を頭を下げた。

「何だよ、コレって!?
総司、てめぇ、手を離しやがれ!!この腹黒ヒラメっ!!」

「往生際が悪いんだよなぁ、土方さんって…」

土方の腕を掴むと、沖田は部屋から
ずるずると彼を引っ張って行ってしまった。

…慌ただしかったなぁ…。

一人部屋に残ると、
ほう、と彼女は一つ溜息を吐く。
ふと喉の渇きを覚えた。
着物もきれいだが、普段から着慣れている物ではないので、帯がきつい…。
そういえば、お腹も空いている。

お店の人に言って、水をもらおう…
出来れば、食べ物も。

立ち上がり、部屋を出て廊下を歩いていたのだが、
見回してみても、それらしき人が見つからない。
どうやら今の時刻は、忙しいらしい。

「せめて、このきつい着物を脱ぐことが出来ればいいのに…」

そんな言葉が思わず漏れた時、

「それは副社長の前で――か?」

顔を上げた彼女は、
目を瞬きさせた後、ごしごしと両手で目を擦った。

「何をしている?」

彼女の仕草に斎藤は目を細め、呆れたように尋ねる。

「…まぼろしなんじゃないかと、思いまして…」

「正真正銘、本物だ」

溜息を吐きながら、
上から下まで彼女の姿に視線を向ける。
すると今度は、下から上へとまた視線を戻し、
彼女の表情を見た。

「随分と着飾ったものだ…副社長の見合いの席に
同席したんだって?」

「………それは」

「『恋人』と紹介されたそうだな。
…庭から副社長と抱き合っているのも見えた」

「ち、違いますっ!!あれは…」

「当てつけだろうな。
俺の姿を庭先で見つけたんだろう」

そうだったのか…何だか自分一人で焦っている。

言葉を失った彼女に、
ふう、とまた一つ溜息を吐き、斎藤は言った。

「とにかく来い。
そんな顔して、ふらふら出歩いているんじゃない」

うろついていて、またどこかの阿呆に目をつけられるとも限らん…

「そんな顔って…やっぱり酷い顔になってますか?」

「憔悴しきっている、という意味だ」

はい…、と気落ちした様子で彼女は答え、
逆らう気力もなく斎藤に手を取られるまま、後に従った。

「これでも着ていろ」

彼女を残し、しばらくどこかに姿を消していた斎藤が
持ってきたものは浴衣だった。
いきなり目の前に出されて、彼女は戸惑う。

「どうしたんですか?これ?」

「店の者に言って借りて来た。
その格好じゃ、苦しいんだろう?」

その通りだ。帯の締め付けから解放されるのであれば、
早く脱いでしまいたいと思っていた彼女である。

「いつまでも着せておくのも癪だしな…」

「え?」

不機嫌そうに言う斎藤の言葉に、
どういう意味なのだろう?と彼女は首をかしげた。

「いや、とにかく早く着替えろ」

はい、と返事をすると、
手渡された浴衣を両手で、そっと受け取った。
互いに、しばらく見つめあっていたが、
照れて、彼女から先に視線をそらし、
着替えの準備しようと背をむけ思いついた言葉を口にする。

「で、でも…安心しました。
さっきのは…副社長が、ふざけてやった事だと分かって。
何といっても副社長は、もてるし、女性に関しては、よりどりみどりですものね。
私なんて入る訳が…」

思わず言葉が途切れた。
首筋に下りてきた唇のせいである。

「ったく、知らなすぎるにも程がある」

背後から身をかがめて、
首筋から耳へ頬へと、ゆっくりと伝っている。
触れられたところが、どんどん火照ってきて、
動けないまま、ぎゅっ、と目を閉じて俯き彼女が口を閉ざしていると…

「手伝ってやろうか?」

ようやく目を開き、彼女は尋ねる事が出来た。

「何を…ですか?」

虚ろに問い返すのは、
上司の言葉の意味が分からないからだ。

「着替えに決まっているだろう?」

低い声が耳元で囁く。
真っ赤になっている彼女を琥珀の瞳が面白そうに眺めている。

また、からかったんだ!!

我に返り、慌てて身をよじる彼女。
ようやく解放され、きっ、と上司に向き直った。

「結構です!!
着替えるんですから、早く部屋から出てって下さいっ」

斎藤を部屋から押し出すと、ぴしゃりと戸を閉めた。
何を今更…と外から聞こえた声を彼女は無視する。

ぷんぷん怒りながら彼女は、すばやく着替え始める。
しばらく過ぎてから、外に耳をすませてみるが、
気配がない。
静かに障子を開き、顔を出してみた。

「部長?」

またしても斎藤は、いない。
彼女は部屋から出て、周囲を見たが、
どこにも彼の姿は、見あたらなかった。

 

「そんなに気になるんですか?秘書さんの事」

見ていた方向から顔を戻すと、くすくす笑う青年を
斎藤は無表情に眺め、煙草を取り出し、
火を点けながら、面倒くさそうに言った。

部屋から出た後すぐ、
料亭の者を探して何か夜食でも持って来させようと
廊下を歩いていたら、
斎藤さん、と名を呼ばれた。
声がした方向を見ると、庭先には沖田が立っていて、
手を振って合図を送っている。
部屋に残る彼女を気にしながらも、仕方なくついてきた次第だったが。

「早く用件を言ってくれ。
こっちも、いろいろと忙しいんでね…沖田君」

ふう、と煙を吐き出す。

「副社長に、引きずり回されたんだ。腹も空かしてるだろう」

「え…」

「何だ?」

「…驚いたなぁ…。うん、本当に驚いた。
実際、見るまで信じられなかったけど…本当だったんだ」

沖田は一人頷いて、自分に納得させるように、
独り言を呟いている。
そんな様子など、お構いなしに今度は斎藤が尋ねた。

「ところで副社長は、どうした?」

「え?ああ、土方さんは、おヨネさんが離してくれなくて…。
私は、こっそり抜け出して来ましたけどね…」

自業自得だ、と斎藤は思う。

「副社長も、いい幼馴染みを持ったもんだな」

そうでしょう?…と斎藤の皮肉など全く通じていないように、
沖田は無邪気に笑った。

全く、何を考えているのか掴めない男だ…と斎藤は考える。
青年に初めて会った時から、それは変わらない。
尤も、自分も周りから同じように評価される事が多いので、
人の事は言えないのだが…。

「前に言った事、ありましたっけ…」

手近にあった葉を子供がするように、無造作にむしりながら、
沖田が話し出した。

「斎藤さんて、本気で人を好きになった事って、あるんですか?」

「…………」

「嫌だなぁ。そんなに睨まないでくださいよ。
普段から斎藤さんは恐い顔なのに、ますます凄味が増すじゃないですか」

「そんな事も言われたような気がしたな。
だが、これ以上は、つきあいきれん」

斎藤は部屋に戻ろうと背を向けた時、

「前の斎藤さんより、今の斎藤さんの方が、私は好きだと言いたいんですよ」

「男に好きだと言われても、全然嬉しかないね」

後ろ向きのまま、うんざりした口調で答える。

「じゃあ、秘書さんなら、いいんですか?」

そのまま無視して行ってしまうのだろうと沖田は思っていた。
しかし…

「ああ、そうだ」

向き直った斎藤は、はっきりと、そう言った。

 

湯気が立つ熱い蕎麦を食べながら、彼女は目の前に
胡座をかいて座る斎藤が気になっていた。

部屋に戻って来てからというもの、
時折、灰皿に煙草の灰を置きつつ、彼女を見、
またどこか物思いにふけるという行為を繰り返している。

「部長、食べないんですか?」

顔を上げた斎藤は、短くなった煙草に目を落とし、
それを揉み消した。

「…変わったんだろうな…」

「………?」

そう呟くと、斎藤は膝に手を立て、頬杖をつく姿勢になり、
箸を止めている彼女に言った。

「おい、早く食わんと、蕎麦が伸びるぞ」

「分かってます!!」

意味が分からず、言われる通り、また食べ始める。
そんな彼女の様子を見ながら、斎藤は口端を上げてゆく。
食べ終わるまでの間、
ずっとそうして眺めていたのだった。

 

 

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あとがき

一周年企画(とっくに過ぎてしまいましたが…^^;)という訳で、
久しぶりに駄文を書いてみました。(何ヶ月ぶりだよ…汗)
冒頭の「ふざけんじゃねぇ!!」は、まさに自分に向けられた
言葉だよなぁ…と書きながら思っておりました。
本当に遅くて申し訳ありません。
短く終わらそうとしたのですが、どんどん長くなって
おまけに収拾がつかなくなって、斎藤先生も書く度に別人に
なっちゃって、やっぱり駄文なのです。
こんな駄文でも目を通してくださる方がいてくだされば、
とても嬉しい事でございます。

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