千客万来?



玄関のドアを開ければ
黒地に、さまざまな色で染められた梅や牡丹模様の
振り袖姿の彼女が立っており、

「部長、新年明けましておめでとうございます!!
それと、お誕生日おめでとうございます」

丁寧に頭を下げた。

「…新年早々、人を叩き起こしてどういうつもりだ?」

ドアに寄りかかって尋ねる斎藤は
まだ髪が乱れており、
いつもの彼らしく不機嫌そうに
彼女を見ている。

「もうとっくに初日の出は出ましたよ。
おせち…昨日、祖母と母とで一緒に作ったんです。
持ってきましたから食べましょう」

彼女が両手に持っている
重そうな紫の風呂敷包みを斎藤は
見下ろす。

彼女は、さっさと脇をすりぬけて
入ってゆくので、
仕方ない、とばかりに溜息を吐くとドアを閉め
眉をしかめながら斎藤も自分の部屋へと入って行った。

テーブルには、持って来た重箱が開かれ、
さまざまなおせち料理が
彩りよく盛りつけられている。

「部長が、お好きな日本酒も持って来ましたから」

これまた丁寧に風呂敷包みされたものを
解いている。

「随分と陽気だな」

「実は…ほんの少しだけ、
実家で、お屠蘇飲んで来たんです」

でも倒れるほどじゃないから、大丈夫ですよ、と
明るく微笑んだ。
彼女の顔を見てみれば、
言った通り、頬も少し染まっている感じがした。

斎藤は椅子に座り、持ってきた料理を
取り皿によそる彼女の様子を
肘をつき無言で眺めていたが、

「元旦ぐらい家族と過ごせばよかっただろうが」

と言った。

皿を置くと、彼女は斎藤を見る。

「私は実家が近いですし、毎年過ごしています。
…どうして部長は、ご家族と過ごさないんですか?」

「家族には縁がない、前にそう言った」

それ以上の理由も言わず、
そっけなさすぎる返事は以前聞いた時と全く同じものだった。

「今日は部長の誕生日なのに…」

「くだらん。ガキじゃあるまいし」

「そういうのって…寂しいじゃないですか」

「だから年明けから、はるばるここにやって来たという訳か?
同情だか憐れみだかしらんが、不要だ」

嘲る笑みを口元に浮かべ、斎藤は聞き返す。

「どうしてそんなにひねくれた事しか
言えないんですか!!私が今日来たのは…」

きゅっと唇を噛み、
更に真っ赤になって一瞬、口を閉ざした彼女だったが、
すう、と息を吸い込んだ後、

「誰よりも…部長と一緒にいたかったからです」

小さく呟いた後、 
帰ります、それ悪くならないうちに食べてくださいね、と
言おうとした。

だが、ふいに自分の身体が浮かんで、驚いている間もなく
すぐに下ろされた。
顔を上げれば間近に斎藤の双眸があり、
何とも照れくさくなって、
視線を下げたが顎に手をかけられ、
相手の方へ上向きにされる。

「素面でも言っていたか?」

「…?」

「今の言葉、酔った勢いで言ったんじゃないだろうな?」

強く首を振る彼女に斎藤は嗤って、
顎から手を離すと、
彼女の肩に額の載せた体勢になる。

「何故、着物で?」

そのままの状態で尋ねて来たので、

「こ、これは…折角のお正月なんだから祖母と母が着ていけと…。
やっぱり帯がきついんですけどね…」

吐息があたってくすぐったいなぁ…と彼女は何気なく
身を引こうとしたが、

「だったら脱げばいいだろう?」

「ぬっ!?」

すでに帯揚げの結びは解かれている。
よく見れば自分がいる場所は、
上司のベッドではないか――
身の危険を感じて、慌てて斎藤と
今いる場所から離れようとした彼女だったが
すばやくそれに気づいた斎藤は
彼女の唇を塞ぎ、
そのまま身体の重みで、
倒していった。

赤くなった唇を指で撫でられ、
ようやく解放されたのだと、
彼女が閉ざしていた目を開ければ、
琥珀の眼が見下ろしていた。

「…私…プレゼント持って来たんですよ」

「この間、もらった」

今度は首筋に唇が触れ、帯締めに左手がかかって、
器用に解かれてゆく。

「あ、あれはクリスマスプレゼントです。
き、今日のは、誕生日プレゼントで…」

「随分と忙しいものだな…。
だが折角、自分の目の前にあるのに、
逃したら勿体ないだろう」

「いえ、プレゼントは私じゃなくて…」

「ごちゃごちゃうるさい。
折角の正月なんだろう?
ああ、それよりも俺の誕生日だったな」

何でも答えをすり替えてます!!

諦めろ、と低い声囁き、更に帯に手をかけたが――

「…部長、どなたかいらしたようです」

何度も繰り返し鳴りやまないチャイムの音に、
斎藤は舌打ちし、不満気に彼女から身を起こすと
部屋から出て行った。

ゆっくりと起き上がった彼女は、
とりあえず助かった…
と、ひとまず安心し、乱れた着物を
慌てて整え始める。

それにしても誰かしら?こんな日に…?
と自分の事は棚に上げ、首をひねった彼女である。

「ったく、どこの阿呆だ」

うんざりし、勢いよく玄関を開ければ、

「斎藤さん、明けましておめでとうございます!!」

千客万来…

元気な声で挨拶をした
羽織袴姿の沖田が立っていて、
その後ろには…斎藤がなるべく顔を合わせたくない人間――土方がいた。
こちらは黒のコートを羽織っている。

「何の用です?」

「ああ、やっぱり私の勝ちですよ、土方さん。
秘書さんは、ここに来てました」

彼女が履いてきた
きちんと揃えられた草履を見、沖田が嬉しそうに笑う。
斎藤が訝しげに眉を寄せれば、土方が目を細めた。

「何言ってんだ、総司。
お前が勝手に『賭け』だの言い出した事じゃねぇか。
それはそうと、斎藤。
正月早々、
自分の秘書を連れ込んで悪さしてんじゃねぇだろうな?」

何が『賭け』だ。
人を魚にせず、別の所で勝手にやってろ。

そう思っても顔には出さず、

「してませんよ」

そっけなく斎藤は答えた。
未遂だった、とは口が裂けても言わない。

「とにかく用が済んだなら…」と一刻も早く二人を閉め出そうと
斎藤がドアノブに手を掛けた時、

「あ、土方副社長と沖田さん?
明けましておめでとうございます」

気になって奥から出てきた彼女は二人に気づくと、
これまた丁寧に挨拶をした。

「秘書さん!!おめでとうございます。
お正月らしい着物がよく似合ってますね」

沖田もお辞儀を返す。

「ああ、今年もよろしくな」

そう言った土方は、すばやく彼女の手を取り、
甲に口を押し当てた。

彼女が驚いて、声を上げる前に、
斎藤が割り込み、土方から彼女を引き離す。

「正月なんだ、無礼講じゃねぇか」と
土方が彼女に流し目を送ったが、

「副社長の場合、いつも無礼講では?」
と冷ややかに斎藤は答える。

「斎藤さんも秘書さんに関しては相変わらず、
必死なんですねぇ…」
などと沖田は笑い出す始末。

「あ、あのっ!!」

これ以上、場の雰囲気を気まずいものにさせないように、と
彼女は口を挟んだ。

「とりあえずおせち料理でも食べません?
たくさん持って来ましたから」

「俺の部屋だ」
と斎藤がますます嫌そうな顔になって、
呟いたが、

「うわ、それはすごいなぁ…。
秘書さん、早く行きましょう!!」

すでに食べる気満々らしく、沖田は彼女の手を取り、
引っ張って行く。
ふと奥に消える間際、
斎藤の方を彼女は振り返った。

やっぱりまずかったかしら?

「どれ、ご相伴に預からせてもらうか」

憮然とした仏頂面をしている斎藤に
フン、と土方は形の良い口角を上げて、
相手の不機嫌さを更に煽るのが、
いかにも楽しいらしく、

「めでたい良い正月だな、斎藤」

そう言った。

そんな土方を冷たい視線で一瞥し、
邪魔者さえいなかったらな、と斎藤は心の中で吐いた。


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あとがき

やっぱり斎藤先生のお誕生日だし…という事で、
書いてみました2007年お正月駄文です^^;
斎藤先生…せっかくの良いトコロを邪魔されて、
お正月早々、欲求不満ですよ(しかも折角の誕生日なのに…)
しかし、秘書さんにリベンジするでしょう!!
そりゃもう、何十倍にして…(怖ぇ…)