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二十三夜…だった。
真夜中に姿を現し、明け方まで空にある月。
起きてこの月を待つことで、願い事が叶うと言われる。
目の前で燃えている小屋に吸っていた煙草を投げ捨てると、
斎藤一は背を向け、空を仰ぐ。
今日の獲物は、五人。
………少ない、と斎藤は思う。
わざわざこんな山奥まで、来てやったというのに。
黒幕は政治に通じる者ゆえ、くれぐれも証拠を残すな、と上のお達しなのだ。
血の匂いには、慣れきっていた。
存分に、穢れているだろう…そう、自覚している。
水音が聞こえた。
気配を感じなかったが、斎藤は神経を研ぎ澄ませ、
刀に手を掛ける。
夜更けの山奥で水浴びなんぞ、酔狂な奴でも、いるのか?
木から何かが落ちるのが目に入った。
注意深く近づいて行って、手を伸ばし落ちた物を拾い上げれば、
異様な程、軽く、月の光に反射し、美しい光沢を放っている。
とりあえず、元に戻そうとしたのだが…
「それを返して下さいっ!!」
女がいた。かなり美人の部類に入るだろう。
水の中から顔だけ出して、斎藤を、じっと見ている。
「誰だ、貴様?」
「天女です」
「天女?」
「あ、その目は信じてませんね?本当に、本当なんですよ」
見ててください、そう言って、水から両手を出すと、
そのまま前に出し、ぽっと丸い光を放って見せた。
満面の笑顔で、
「すごいでしょう?」と言ってみせる。
「…………」
全く驚かなかったともいえないが、
自分で言った通り、人外の者なのだろう…。
しかし、自ら素性をばらすか?と斎藤は思った。
「お願いです。それがないと
私は天に帰れません。どうぞ返して下さい」
相変わらず、水の中から顔だけ出して懇願する天女を見ているうちに、
斎藤は眉間に皺を寄せていった。
考えてみれば、この羽衣を自分は持ち帰ろうとした訳ではない。
拾ってやり、元に戻してやろうとしたのだ。
それなのに、この女は持ち去ってしまうと勝手に思い込んでいる。
ならば…
口端を上げ、斎藤は言った。
「駄目だ、と言ったら?」
持っていた羽衣を木に掛け、
胸ポケットから煙草を取り出すと、
木に寄りかかり、斎藤は天女を横目で見ながら、吸い始めた。
羽衣は風にそよがれながら、
ふわりふわりと揺らいでいる。
「そんなっ!!さ、寒い〜風邪ひいちゃう〜」
「人間でもないのに風邪をひく天女がいるのか?」
尤も…な答えである。
「……………………」
怒って頬を膨らまし、このまま沈黙していようと天女は考えたが…
「今度は、だんまりを決め込むつもりか?
それじゃ埒があかないし、こっちも暇じゃない。じゃあな…」
煙草を足で揉み消し、あっさり帰ろうとする斎藤に大慌てで水の中から
飛び出す天女。
「ま、待って下さい!!帰っちゃ駄目ですっ!!!」
必死になって背中に抱きつき、引き止めた天女だったが…
振り向いた斎藤の冷酷で満足気な笑みを見るや、
全身が一瞬で固まった。
「ほう。随分と大胆な天女だな。裸で迫ってこようとは」
「はだか?…裸っ〜〜!!!」
自分の状況を思い出し、両手で隠そうとしたが、
男の胸に抱き寄せられ息が止まりそうになった。
どうして、こんなに鼓動が速くなるんだろう?
この人に会ってからというもの、
怒ったり、焦ったり、感じたことのない感情が溢れ出て、
すっかり自分の感情をもてあましてしまっている天女だった。
「は、離して下さいっ!!!!」
さて、どうしてやろうか?
自分とは正反対の穢れなき存在。
腕の中にいる天女を見下ろし、斎藤は、すばやく考えを巡らす。
一方、もがくほどに男の力が強まり、
段々と自分は無力なのだと天女は思い知らされてゆく。
……怖い
そう思った時――
「取引してやる」
男の声が耳元で響いた。
「え?」
「しばらくの間……俺と共に暮らす事、だ」
「一緒に…ですか?」
「時期が来れば、約束通り返してやる」
もう、何が何だか分からない。
そんな状態になっている間に顔を上向きにされ、
すばやく唇を奪われた。
「っ!?」
「どうする?羽衣は返して欲しいんだろう?
なければ、お前は天に帰れないままだぞ」
そんな事、当たり前だ…
天女は目を伏せ、覚悟を決める。
「……分かりました」
返事をした後、俯いた…結局は男のなすがままに、なってしまい、
自分の非力さが情けなくなってくる。
つくづく俺も人が悪い…と斎藤は思っていた。
素直に返してやればいいものを…。
顎に手が掛けられ、天女は再び上を向かされた。
大きな黒い瞳と琥珀の双眸が合わさる。
「名は?」
「………え?」
問うてきた声は、それまでの皮肉さはなく、平らかな声だった。
「お前の名前だ。天界では何と呼ばれている?」
「はくれん…。「色の『白』と蓮華の『蓮』で、
『白蓮』と呼ばれています」
「白蓮…か」
その名までも…。
取引成立だな、
名を呼ばれ天女は再び唇を塞がれたのだった。
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あとがき
最近、「まんがにっぽんむかしはなし」が、また始まりましたので、
それをネタに何か書いてみよう…と思ったのが、今回の駄文です。
お分かりでしょうが、「天女の羽衣」のパロディ版なのです。
たまにこういう意地悪な斎藤先生が書きたくなり、
実験的に書いてみました。
天女といえど、随分人間臭い子になってしまいましたね。
隠しページなのに、ラブシーンほとんどありません(それは、いつもだ)
続きは…未定です^^;