夏の夜ばなし

 





会社の昼時だった。
社員食堂では総務の桂木と斎藤の秘書である彼女が
いつものように、
同じテーブルで昼食をとっていた。

食堂は広く、また多くの社員が集まるので、
昼の合間は、どの席でも見る事が出来るようにと、
テレビは中央にどの方向からでも見る事が可能な
巨大ワイドスクリーンのものが置かれてあり、
彼女と桂木も食堂で食べる時は見ているものだ。

「あら、今日はお昼の健康番組は、やらないのね…。
司会者は夏休みですって…残念」

コマーシャルが終わり、番組が始まったのを見て、
桂木が言った。

「でも何か別の企画をやってるみたいね。夏の特番?
へぇ、怪奇特集ですって。なんだか面白そう…」

画面をもっと良く見ようと、嬉々として身を乗り出す桂木だったが、
彼女は、それを聞いた途端、全身を強張らせた。

「…桂木さんて…こ、こういうのお好きなんですか?」

「そうね〜ホラー映画とか結構見るし」

「そ、そうなんですか…」

「あ、始まった…きゃあ〜、楽しみ〜」

「…あの、チャンネルを変えた方が良くありません?
こういう番組を見たくない人だっているでしょうし」

はっきり言ってしまえば、それは彼女自身の事なのだが…。

「何言ってるの、恐いものみたさで、この手の番組見る人って、
結構いるのよ」

周りをご覧なさい…と桂木の言うとおり、振り向けば、
興味深い面持ちでテレビを見ている社員達がいた。

「…………」

30分が経過した頃…

「はぁ〜、話としては、なかなか怖かったけど。
でも再現ドラマって、出て来る幽霊を演じてるのが
人間だと思えば怖さも半減しちゃうわよね…。
あら?まだ食べ終わってなかったの?
そろそろお昼時間が終わっちゃうわよ」

箸を持つ彼女の手が完全に止まっているのに気づき、
桂木は言った。

「顔も青ざめているみたいだけど…」

「い、いえ、だ、大丈夫ですっ」

と、健気に答える彼女だったが、

こ、怖かった…ものすごく怖かった…!!!

恐怖のあまり食欲は、すっかり失せていた。

今日は早く寝て忘れよう…

しかし、こういう日に限って、遅くまで残業になってしまった。
お天気も悪くなってるし…
出来る事なら、これ以上、雨がひどくならないうちに帰りたい。

「お疲れ様でした」

会議室から出て来た斎藤に廊下で待っていた彼女は声を掛けた。

「終了時間が予定より大幅に遅れたな。もうこんな時間か…」

腕時計を見ながら、全く、と斎藤は毒づき、
夜景の見える窓へと目を向ける。

「いつの間にか雨も降っていたか…雷も鳴っているのか?
この様子だと近いな…。
俺は、これから連中の見送りに行く。部屋の後片付けを頼む」

分かりました、と彼女は開いてるドアから、すばやく中へと入った。

さっさと済ませて帰る為に、早く終えてしまおう。

テーブルの上には、会議をしていた客達が飲んだコーヒーカップなどが
置かれてあり、あらかた片付けて、テーブルを拭いていた途端、
ふと、この部屋に自分だけである事に気づいた。
しん、と静まりかえった空間。

やだな…広い会議室に自分一人なんて…。

思い出したくないこういう時に限って、昼間見た番組が、
鮮明に頭をよぎる。

やだ〜、早く帰ろう〜、とにかくこの部屋から出よう…

そう思って彼女がテーブルから身を起こした途端、
ふっ、と会議室の照明が一斉に消えた。

「う、嘘でしょう〜!?何で〜」

真っ暗になってしまった部屋の中で、距離感が全く分からなくなり、
彼女は完全に混乱状態である。

「早く電気点けてよ〜」

その場へ蹲ってしまった彼女の肩に、男の手が載せられた。
悲鳴をあげようにも、恐怖のあまり声が出ない。

「大丈夫か?」

おそるおそる振り返ってみると、ライターを片手に、
斎藤が立っていた。

「ぶ、部長…」

「どうやら社内の電力装置に落雷したようだ。
自家発電装置が作動する筈なんだが…おい、」

自ら胸に飛び込んできた彼女に斎藤は驚いたものの、
しばらくの間、震える彼女を胸に抱いていた。

「とにかく座れ…もう少し離れたところにソファがある」

「は、はい…」

部長…何だか優しい…。

さっきまでの恐怖は、ほとんど無くなっていた。
微かなライターの炎を頼りに、斎藤に促され彼女は
従い、腰を掛けたのだが…

「あ、あの部長…、どうして…私の身体を倒すんですか?」

「そっちから誘って来たんだろう?」

「…ネクタイ外して…あの…上着を脱いじゃうのは…一体?」

「随分と、積極的になったもんだ」

「ええ〜っ!?駄目ですよ、他の人が入って来ます。
…こ、声だって…」

「この会議室は、防音設備の上に、オートロックになっている。
外からは入れん」

「ぶ、部長は、入って来れたじゃないですか!!」

「俺は、カードキーを持っているんでな」

「だからって…それ持っているのは、社内では部長だけじゃ筈です。
他の人だって…」

「持ってる会社の連中は、とっくに帰った」

「………そんな……」

「質問は、終わりか?」

「……………………」

普段、滅多にしない事をしたのが間違いの元であった。

幽霊も怖いけど、この人も充分怖い…。
結局は、思い通りにしてしまうのだから。

立つのがやっとで斎藤に支えられながら、
ようやく会議室から出られた彼女は睨みつける。
ニヤリと事もなげに笑う上司。

「そんなに睨むな」

文句を言おうとした途端、
ようやく廊下を照らす蛍光灯が点いた。

「何だ、こんな時間までいたのか?会議は、とっくに
終わったと聞いてたが…」

「ひ、土方副社長!?」

赤くなっていた頬が、ますます染まっていく彼女である。

「ったく、自家発電が今まで効かねぇとはな…。
明日、業者を呼んで釘さしとかねぇと…」

ふと、土方は彼女が着ているブラウスのボタンが一つずれて
嵌めてあるのに気づく。
状況を察した副社長は、みるみる眉をしかめていき、
深い溜息を吐く。
去り際、言った一言に彼女は、
またしても背筋が凍りついた。

「会議室を逢引場所に使ってんじゃねぇ」







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あとがき

思いつきで書いてしまった駄文です…。
(こういう話は何故だか早いし)

秘書さん、キャラ変わってるよ…(汗)

夏なので、ちょっとミステリー風を目指したんですが、
怖くありませんねぇ…(全然怖くないから)

斎藤部長も都合良く押し倒してるし^^;
秘書さん、お気の毒様です。

一番気の毒なのは、
最後に少しだけ出て来た土方さんですね…。


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