グラスに浮かんだ氷を見つめていた土方は、
「遅ぇよ…」
そう一言、呟いた。
自らの注文をカウンターに立つバーテンダーに告げ、
隣に座る斎藤。
「急に、呼び出す方が悪いんですよ」
「ったく、相変わらずだな。
そのうち大事な秘書に愛想を尽かされるぞ。
最近、上手くいってるのか?」
余計なお世話だ…
斎藤は口には出さなかったが、
それでも表情には出して、
前に置かれたグラスを傾ける。
「フン、答える気はねぇか…」
そう言うと、再びグラスに口を運ぶ土方である。
しばし、無言の時が流れていたが…。
「…用件は、何です?」
ようやく口を開いた斎藤を
土方は横目で見る。
「当ててみな。
ただし、的はずれな事、言ってんじゃねぇぞ
」
グラスに反射した光を映している
琥珀の双眸を斎藤は伏せた。
「副社長不在の件――。
社の上層部…それと、うちの秘書にしか
知られていなかった筈なのに、
何故、漏洩したのか…」
「フン、説明する手間が省ける部下は話が早ぇ…」
テーブルにグラスを置くと、
土方は、冷ややかに言い放つ。
「至急、調べろ。
これ以上、余計な事を吹聴しまくる鼠なんざ、
我慢ならねぇんだよ。
まぁ、お前のところの秘書が漏らすなんて事は、
間違ってもねぇと思うが…
」
立ち上がった斎藤を土方は、見上げる。
「帰るのか?
秘書の事を持ち出されて、ますます不機嫌になったか?」
「他に用件は?」
「ねぇよ」
財布から札を取り出し、テーブルに置くと
一礼し、その場から斎藤は、立ち去った。
「ったく、どこまでも愛想がねぇ野郎だ」
ま、それなりに仕事が出来る奴だって事は、
認めてやるがな…
肘をつき、グラスに残った酒を、
一気に飲み干す土方だった。