社内各部署の社員達が集まり、落ち着いた和風の座敷の中は、 それぞれの席は、主役である彼女以外は、くじ引きによって決められ, 儀礼上、返事を返していただけだったが…。 男性はビールを注ぎながら、彼女の顔をまじまじと眺め、 「君が斎藤部長の秘書なった人か…。 「そう…なんですか」 あまり酒に強くない彼女は、一口、二口、少しずつ口に含んでいるものの、 ぽーっと、少し気だるい気分のまま、何気なく斜め向かいを向いた時だった。 自分を見ている上司と目が合ってしまった。 冷ややかに見つめる眼差しに、彼女の酔いが少しだけ醒めた気がした。 何…? その隣は…というと自分を上司の元へと案内してくれた総務部の女性…桂木が座っており、 くいっ、と杯に入った日本酒を斎藤が一気に煽れば、 「まぁ、斎藤部長って、本当にお強いんですねぇ」 などと、やたら褒めちぎりながら、再度、酌をするのである。 彼らの背後には、すでに空になった徳利が何本も転がっているのが見えた。 「……それでさ、もし良かったら、今度俺と…」 「ごめんなさい。ちょっと酔いを醒まして来ますから」 「え?あ、ああ、そう…」 立ち上がると、彼女はすぐに化粧室へと向かった。 俯き、洗面台の両脇に手をついて、一人になれた静けさを満喫する。 軽蔑しているような眼差しだった。 自分の熱を帯びた頬に両手を当て、しかめっ面をする。 仕事に就いてからというもの、あの上司は日ごとに無理難題を押しつけてくる。 何か、恨みでもあるのかしら? 初日を思い出す。 あのぶ厚いファイル整理も残業して片付けられたから良かったけれど… 一週間過ぎた…だが、 先行きが不安だった。 こんな弱気になっているのは、お酒のせいか… いつも前向きな性格が、取り柄のつもりだったんだけどね―― 外の風にあたって、気分を直そう… 彼女は化粧室を出ると、静かに休める場所を探した。 折良く、店の者がいたので尋ねてみれば、 「御気分、すぐれませんか?」 心配そう尋ねる店の者に慌てて首を振り、 店の建物に合わせ造られた広い日本庭園だった。 大きな池があり、丁寧に刈り揃えられた松が見目良く植えられている。 少しだけ、ここにいて、酔いが醒めたら戻ることにしよう… 彼女は、その場に腰をかけ、しばし夜風にあたっていた。 ちょっと飲み過ぎたかしら? 池の水面が揺らいでいるのを見ていた時だった。 「主役がこんな場所に、いるとはな…」 彼女は内心、不機嫌な溜息をつきながら振り返る。 「酔いを醒ましてから戻りますから。 一人にしておいて欲しい… 「な、何っ!?」 いきなり額に冷たいものが押しつけられたので、彼女は驚いて 「水もあるぞ」 氷が浮かんだグラスを傍らに置く。 「酒が弱いクセに注がれるまま飲んでるからだ。 悔しいが、尤もな言葉である。 「さ、斎藤部長だって、随分飲んでいたじゃないですか!!」 ポケットから煙草を取り出し、火を点けながら、 「阿呆、日頃から飲んで鍛えているんだよ」 などと言ってのける。 好きで飲んでいるんじゃないのっ!! ふんわりと煙草の香りが漂ってくる。 彼女は額に濡れタオルを載せ、 「隣の奴と…何を話してた?」 欠伸が出そうになって手で口を押さえた時、唐突に上司が口を開く。 「え?」 「随分と親しそうに見えたんでな」 「普通に会話していただけです。…あの人の名前…何て人だったかしら?」 酔っているせいか思い出せない。 「……そうか」 ふう、と煙を吐き、肩に重みを感じたので見下ろせば、 気づかぬ振りをしたまま、斎藤は煙草を吸い続ける。 「今だから…言える…んですけどね…」 ぼんやりとした口調で、少し笑みを含んだ声で彼女は話し出した。 「面接した日…私…部長に…会って…いたんですよね…」 素面であれば、わずかに強張った身体の感触が伝わってきたのに、 「初めて…会って… 「会った事などない…そう言ったな」 「……だって…あんな自分…見られて…恥ずかしい…じゃないですか…」 喫茶室で彼女と初めて会った時の事を思い出す。 「こっちが…初めて会った…ふりをして…いれば… 「フン、強烈すぎて忘れられるか」 あれ以来、片時だって忘れられなかった。 「なんて…ひどい…上司に…当たっちゃった…んだろうって」 眉をしかめて、彼女の方を見る。 確かに… 「憶えていないフリをしていたお前が悪い」 「…ごめん…な…さい…。 言っている言葉が、どんどん支離滅裂になって来ている。 溜息を吐きながら携帯の灰皿に吸い殻を押し込んだ後、 「酔っている」 自らの口に水を含むと、彼女の唇に唇で触れて、注ぎ込む。 「手に入れてやる。必ず…な」 口端から流れた滴を拭ってやり、眠る彼女を抱き寄せ斎藤は囁いた。
腕時計を見て見れば、それほど時間が過ぎていないことに 「戻らなくちゃ…」 ふいに上司の事を思い出し、無意識に指を唇に当てる。 話していたのは憶えているけど…その後は… 「ああ、良かった。そろそろ起こそうかと思っていたんですよ」 店の女が襖を開けて入って来た。 「さっきまで上司の方が、ずっと貴女を看病されてましたよ。 「それ、本当ですか?」 部長が? 傍らに座ると、彼女の胸元に落ちた手ぬぐいを拾いながら、 「ええ。良い人を上司に、お持ちですね。 笑いながら謝り、水の張った盥を片付け出て行った。 そんなに心配してくれていたの? だとしたら、それは上司として、したまで…なのだろう。 互いに酔っていた… それだけ…だったのだ。 そう思う事にした。 掛けられていた毛布を畳むと、彼女は部屋を出、 -------------------------------------------------------- あとがき |