「総司、来てたのかよ?」

「ええ、美味しいお茶とお菓子を頂いて、
待っていましたよ。
それで、どうだったんです?」

相変わらず子供みてぇな奴だ…
俺にも冷えた茶をくれ、と土方は腰を下ろす。

「とんでもねぇ話でよ、あのバカ旦那が病気で
寝込んでいるんだが、その病ってのが、
どこかの娘に恋患いしてるのが原因なんだよ。
ところが、その娘がどこの誰だか分からねぇ。
それなのに大旦那が俺に娘を探して来いってんだ。
全く、人を何だと思ってやがる」

「それは大変ですねぇ…。
でも、ここから上野は遠いでしょう?」

「根津の店が所有してる三軒長屋に空きがあるっていうから、
見つかるまで、そこから通えだとよ」

「ふうん…ちゃんと手筈は整えておいてくれるんですね。
それに、あの気前のいい大旦那の事ですから、
タダじゃ頼んで来ないんでしょう?」

沖田が湯呑みを持って来て、土方の前に置きながら、
笑顔で楽しそうに尋ねる。

「他人事だと思って、ニヤけんな。
もし五日以内に探し出せたら、
備前の太刀に、ツケにしてた借金をチャラにしてくれるってよ。
ああ、それと…何だか知らねぇが菓子を一年分つけると言ってたな。
あれは、どういう意味だったんだ?
………おい、総司、何で俺が飲もうとする茶を取り上げるんだよ?」

「行きましょう」

笑顔が増し、声高に沖田が言った。

「ああ?」

「早く行きましょう、土方さん!!」









 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり行く気満々である。
最初っから、総司を取り込む気だったんだな…大旦那は…。
「菓子一年分」の意味にようやく気づく土方だった。


「早く行きましょう…って、今からかっ!?
根津なんざ、えらい遠いんだぞっ」

「土方さん、丁稚奉公に出されたけど、
嫌になって上野から歩いて帰って来ちゃったじゃないですか」

「そんなくだらねぇ過去の話を持ち出すなっ!!
それよりよ…探すにしても、どこの娘なんだか、
全く手懸かりが、ねぇんだぞっ!!」

「大丈夫ですよ、日本人なんだから」

「てめぇまで、同じ事、言ってんじゃねぇよっ。
日本人たってな、そりゃたくさんいるんだってのが
分からねぇのか!?」

「大丈夫、見つかりますよ、土方さんなら。
……何の根拠もありませんがね」

「最後の一言が余計なんだよ、お前は」

その日のうち、沖田にせっつかれながら、
土方は出発し、
根津の三軒長屋に着いた時には、翌日に日付が
変わっていた。
疲れて土方は少し休んだものの、またしても沖田にせっつかれて、
あっちを探し歩き、こっちを探し歩いたのだが、その日は分からない。
次の日も、朝早くに起きだして、弁当持参で探したが、
分からずに終わり、そのあくる日も分からなかった。

「……畜生、えれぇ面倒な事を引き受けちまったぜっ!!
こんなに、くたびれまくったんじゃ、はかも行かねぇじゃねぇか。
………バカ旦那より、
もしかして俺の方が先に逝っちまうかもしれねぇ…。
今日も見つからなかったから、
総司の奴、また愚痴垂れるんだろうよ…ったく。
おい、今、帰ったぜ」

長屋に入ると、沖田が横になって大福をつまんで
いるのだった。

「お帰りなさい、その様子じゃ、また駄目だったんですね」

「人が一生懸命になって探してる時に、
ここで寝転んじゃ、団子だの、そんな大福ばかり、
食ってる奴に言われたかねぇんだよ!!
てめぇも一緒に探してくれりゃ、
少しでも早く見つかるかもしれねぇじゃねぇか」

「あ〜あ、八つ当たりしないでくださいよ。
大人気ないんだからなぁ…。
それにしても…一体、どんな探し方をしているんです?」

「どんなって…
『ここら辺に水の垂れるのいやしねぇか?』だよ」

ふう、と沖田は、思いっきり溜息を吐き、
呆れ顔と、些か軽蔑の眼差しも含んで土方を眺めた。

「…土左衛門じゃないんですよ。
そんなんじゃ見つかる訳がない。
大旦那に歌を書いてもらったんですから、
それを大きな声で詠みながら歩いたら良いんじゃないんですか?
そうすれば、聞こえた人の中に、
その歌について知っています、とか、こういう噂があるんです…なんてのが、
もしかしたら出てくるかもしれない。
それでも駄目な時は、湯屋とか床屋とか…とにかく人が大勢いる所へ行って、
大声で歌を詠むんです。
だからと言って、空いてる湯屋とか、床屋は駄目ですよ。
やたら混んでる湯屋と床屋に入り込むんですっ!!
約束の日まで、もう間もないんですからね…
分かってますよね?土方さん」

「…………」

最後に、しっかり釘を刺されて、
何も言い返せず、がっくりと肩を落とす土方だった。
翌日になり、
朝食を早々に食べ終え、土方は出掛ける。

「はぁ…ったく、情けねぇ…。
何で俺が、こんな苦労を背負い混まなくちゃならねぇんだ?
とにかく今日中に見つけねぇと…。
それにしても、
あんな歌、大声で詠んで歩けったって…こちとら、きまりが悪すぎらぁ…。
…しかし、やらねぇと見つからねぇってんじゃあ…。
…………この辺で、やるか…」

周囲を見渡し、土方は、
二、三度の空咳をしてから、

「あ〜、瀬を…瀬を…あ〜、瀬を…はやみ〜」

「あら?お豆腐屋さん?」

通りがかりの女が呼び止める。

「豆腐売りじゃねぇ!!
いつもは石田散薬って、薬売ってるんだ。
…今日は、持って来てねぇけどよ。
とにかく俺は豆腐売りなんかじゃねぇ」

「何なんだい?訳分かんない…おかしな人だねぇ。
黙ってりゃ、いい男なのにさ…」

土方を怪しい眼差しで見ると、
ぷい、とそっぽを向いて行ってしまった。

「そっちが勝手に間違えてるんじゃねぇか…。
だが、案外悪くねぇ女だったな…」

ちょっと惜しい事をした…と思う土方。
しかし、余計な考えは、すぐに捨てることにし、

「しかし、やってみたら意外と声が出るもんだ。
もう一声やってみるか…瀬をはやみ岩にわかるる滝川の〜
…何で今度は、ガキがたくさん集まってくるんだよっ!?
おい、あっち行けっ、見せ物じゃねぇんだ」

寄って来た子供達を追い払い、更に道を歩いて行くと
床屋を見つけたので、入ってみる。

「ここは、床屋か?」

「いらっしゃいませ」

「………混んで…いねぇな」

「はい、ちょうど空いたところなんで、すぐ取りかかれますよ」

「また来る」

くるりと土方が引き返そうとすると、

「ちょっと!?すぐ出来ますってのに」

慌てた床屋が呼んで引き止めたが、

「すぐ出来ちゃいけねぇんだよ。
こっちも訳ありなんだ…察しろよ」

そんな勝手な事を言いつつ、また道をぶらぶら歩いていると、
別の床屋を見つけたので、今度も入る。

「この床屋は、どうだ?」

「いらっしゃい」

「混んでるか?」

「ええ、どうも今朝からお客様が絶えなくてねぇ…。
見ての通りの有様で。
五人ばかりお待ちいただくようになりますけど…後から
来ていただいた方がよろしいかと」

「いや、いいんだ。そのつかえたところを探してたんだからよ」

客で、ごったがえしている店の中を
土方は満足そうに見渡した。

「つかえているところを?
…あなた、掃除屋さんなんですかい?
まぁ、とにかく一服してて下さい」

「ああ。…煙管持って来て、良かったぜ」

煙管を取り出し、火を点けると、しばらくふかして
土方は、ぼんやり一休みしていたものの、
「おっと、いけねぇ…」
自分が、ここに来た用件を思い出して、
ぽん、と煙管を叩いた直後、

「瀬をはやみ〜」

「うわっ!?な、何なんですか、あなたっ。
急に大声を出して…驚くじゃないですか!!」

隣に腰を掛けていた男が、
突然の土方の声に飛び上がるほど驚いた。

「ああ、別に驚かすつもりじゃねぇんだ。
気にするな。
こっちにも都合があるんだからよ。
……瀬をはやみ岩にせかるる滝川の〜」

やはり勝手なものである。

「ほう、失礼ながら、あなたは崇徳院さまの御歌が
お好きなようですな」

一人の品のよさげな初老の男が話しかけて来た。

「あんた、この歌を知ってんのか?」

「ええ…うちの娘がこの頃、何度もその歌を口にしてましてね。
で、私も覚えてしまったってやつです。」

「あんたの娘が?そりゃ確かなのかっ!?
豆腐をつぶしたような…」

「豆腐をつぶす?この間、夕餉の支度で、
大豆は、つぶしてましたがね」

「いや、その…器量はどうなんだ?いいのか?」

土方の一言で、娘を自慢する父特有の…とでもいうのか、
得意そうに大きく頷く。

「まぁ、父親である私から言うのも、おこがましいんですがね、
近所じゃ、とんびが鷹を産んだ…なんて仰ってくださいます」

「そうか…。いくつなんだ?」

期待して尋ねたものの、

「五つです」

「……………………瀬をはやみ〜」

 

 

その後、風呂屋を三十六軒、床屋を十八軒、土方は探し回ったが、
夕方には、すっかりふらふらになっており、

「…すまねぇ…」

「いらっしゃいませ」

「頼め…ねぇ……だろうか?」

「そりゃあ、やりますが…あんた、今日で三度目だよ。
ひげを剃るにしたって、やりようがないよなぁ…」

「そうか…床屋は十八軒目…だ…。
顔なんぞ、…ひりひり…して…冗談じゃねぇよ」

「まぁ、一休みしてなさいな」

「…ああ、恩に…着るぜ。…瀬をはやみ〜」

「あらら…大分、声にも力がなくなってるよ」

 

「邪魔する」

いらっしゃい、と声を掛け、
誰だか分かると、床屋は驚いた顔つきになる。
目つきの鋭い男が一人、入って来た。

「おや、斎藤さん。お久しぶりです。
随分と、ご無沙汰しておりましたね」

「ああ、ここしばらく、知り合いの店の用事で忙しくてな」

「へぇ…お店といえば、お嬢さんの具合いかがなんです?
患っちゃったって話は聞いていたんですけど」

「相当悪いな…あれじゃ数日、保たない」

「そりゃ、お気の毒な話だ。
一体、何で、そうなっちまったんです?ええ?」

普段から滅多に笑いそうにない仏頂面で、
実に不機嫌そうに、
床屋を見た斎藤は、仕方なさそうに話し始めた。

「一月ばかり前に、娘は茶の稽古の帰りに上野の清水に行って
茶店に寄って来たそうだ。
そこに一人の若旦那風の男がいて、腰をかけていた。
その男が、あまりいい男なので、見惚れているうちに、
茶袱紗を落としたのにも気づかず、茶店を出て行く間際、
男が拾って手渡してきたという。
…フン、当然の事だと思うがな。
こういう時、いい男は、何をしても得なものらしい。
それから娘は帰ってきたが、三日ほど震えが止まらず、
ついに寝付いてしまった。
どんな医者に診せても、病名は分からなかったが、
ある名医に診せたところ、何か思い詰めた事があり、
それを叶えてやれば、病も治ると言う。
しかし、思い詰めた原因を聞き出そうとしたが、
誰が聞いても、答えようとしない。
そこで、娘が小さい頃から親しんだ乳母になら…と、
連れて来て、聞き出してみれば、
恋患いが原因なのだと分かった。
然して、その若旦那を探し出せ…と店中、または店に関係する者が
方々に大忙しと言う訳だ」

「それはそれは…とんでもない事になっちゃってるんだねぇ。
何か探す手懸かりは、あるんですかい?」

あれで手懸かりになるのか?…と、斎藤は溜息を吐く。

「娘が、その若旦那に歌を書いて渡して来たそうだ。
店の主人がその歌を書いた紙を俺も持っているんだが…
『瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思う』
こんな歌が唯一の手懸かりと言うのだから、
…実に、くだらん話だ」

「それなのに、どうして斎藤さんが、
重い腰あげてるんです?」

「見つけた者には報賞金が出る」

「へぇ…お珍しい。
金で動く人じゃないと思っていたけど」

「当然だ。
俺の目当ては、金の他に蕎麦一年分が出るからだ」

「備前の太刀…備前の太刀…
借金の棒引きに、菓子一年分…」

いきなり肩を掴んで来た土方に、
胡散臭げに斎藤は目をやる。

「…何だ、貴様は?
訳の分からん事を言ってるが…」

「ようやく見つけたぜ…。
…てめぇを探し出すために俺はな…
風呂屋を三十六軒、床屋を十八軒も回って、
とにかく今の今まで、そりゃあえらい目に遭って来たんだ。
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の…」

「何故、その歌を知っている?
じゃあ、件の若旦那の知り合いか?
ほう、それでは話が早い。早速、店に来てもらう」

「何、言ってやがる!!
てめぇが、先に、こっちの店に来るんだよっ」

「フン、貴様だ」

「うるせぇ、てめぇだ」

「ちょ、ちょっと、ちょっと、ちょいっと!!!
二人とも胸ぐらつかみ合って…あぶない、あぶないって!!
落ち着いて話しをすりゃ分かるでしょうに。
よしな、よしなって…あああっ!?」

二人が揉み合う弾みで、花瓶が音を立てて倒れ、鏡にぶつかり、
粉々になってしまった。

「ほ〜ら、言わんこっちゃねぇ。
鏡が割れちまったっ!!!
どうしてくれるんですよっ!?」

怒った床屋に、

「何、心配すんな」

口元に不敵な笑みを浮かべ、土方は答える。

「割れても末に買わんとぞ思う…だろ?」

 

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あとがき

こういうの書いていいのかな〜?と思いつつ、
全部書くのに、一週間かからなかったというシロモノです^^;
…というのも、このお話のベースは古典落語の「崇徳院」という噺の
パロディというか、パクリ…なんですね。
あらすじも台詞も、最初から決まっているので、
早く出来るのは当たり前なんですけど…。
ところどころアレンジしちゃってます。
(大旦那が土方さんに「備前の太刀」をご褒美(?)にあげると書いてますが、
噺では、 「三軒長屋」だったり…)
本来の登場人物なんですが、土方さん=熊さん 
(どこまで土方さんのイメージを壊すのか…私)
沖田さん=おかみさん
(バラガキ時代だったら、宗次郎の筈なんですが、
パロディという事で総ちゃん設定にしちゃいました^^;)
斎藤先生=鳶頭
(やっぱり出てくれないと…最後に、少しだけのご登場ですが…)
…なのです。
大旦那と若旦那は当て嵌まる人がいないので、
噺通りの設定にしました。
もし機会がありましたら、「崇徳院」をCDなどで聴いてみてください。
駄文よりは、 どんな噺なのかが、よぉ〜く分かりますっ!!(当たり前)


今回、全然らぶらぶでもなく、
全くの趣味で書いたのに、(コラボ〜v)
素敵なイラストを描いてくださった、 ぱっCさんに感謝感激でありますvvv


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